廃墟の魅力について
「古道巡礼」という本を読んだ。

Title: 古道巡礼
Author: 高桑 信一
Price: ¥ 2,100
Publisher: 東京新聞出版局
Published Date: 2005/01
近代化とモータライゼーションによって滅んでしまった、「人」によって歩かれた「径」を巡る旅の本だ。開かれた平地にそういった道が保存されることは期待できないので、自然と著者による「古道」を巡る旅は、険しい山の中に分け入ったものが主になってくる。
古来より、近隣の村人や旅人、行商人や旅芸人が越えてきた峠。最盛期には小学校や郵便局まであったのに、今ではその痕跡を探すことさえ難しくなっているような山師達の村。つい数十年前まで、山菜やきのこを採るために使われていた、地元の人たちの径。
時間の流れの中で、作られ、知らされ、踏み固められ、壊され・・・といったプロセスを経て、今また静かに時間の流れの中に還っていこうとする、貴重な人類の遺産だ。
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人はなぜ「廃墟」(=亡くなってしまった生活の跡)に魅せられるのだろうか。
村上春樹に言わせると「死んだ人間が書いた作品は許せる」ということになるわけだけれど、確かに、自分の知らない人たちが遙か昔に作り上げたものが時間の経過に沿って、大地の中へと戻っていく、という過程にはなんともいえない哀愁が漂っている。それがいかに大きな努力によって作られたものか、そしてそれがいかに沢山の人たちの生活を支えていたか、といったことが現代に生きる我々に語りかけてきて、想像を逞しくするのだ。
僕が始めて「廃墟」のようなものに興味を持ったのは、屋久島での登山の折りに通りかかった小杉谷の集落の跡だ。淀川の登山口から縦走し、宮之浦岳を越え、縄文杉のある森から下る途中で、沢沿いのトロッコ道を歩いた。トロッコの線路はまだ生きていて、今では森林管理のために使われていると聞いた。
小杉谷を左岸から右岸に渡る立派な橋の少し手前で休憩した折り、目の前に広がっていた不思議な空間が目に映った。すぐ脇にあった案内板によれば、なんとこの空間は小学校の運動場であり、その奥には最盛期に500人以上の人が住んでいたという小杉谷の集落があったというのである。
「こんなところで生活していた人がいたのだ」という静かな興奮を覚えると同時に、険しい自然と闘いながら、山の中での生活を営んだ勇敢な人たちのことを思った。
昭和45年(1970)頃になって、高度経済成長の煽りで集落の人口は急激に減少し始める。若者は割のよい仕事を見つけに山を下り、輸入木材に押されて競争力のなくなりつつあった屋久杉の伐採事業は、歴史の表舞台から姿を消したのだろう。人の手によって切り開かれたこの場所は、たった数十年という時間によって、微かな形跡だけを残して自然に還ろうとしているのだった。
静かに往事の姿を忍ばせる小杉谷の集落跡は、確かに僕の心を強く掴んだ。人が生きた証であると同時に、人が挑戦した証でもある大いなる遺物は、その本来の役目を終えて静かに語りかけてくる時にこそ、その存在を最も強くアピールするのではないか、と思った。
実に廃墟の魅力とは、人の逞しさの痕跡に接してそれを感じ、憧れ、思いを馳せることなのかもしれない。
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日本に残る「廃墟」の中でも最も有名なものに端島がある。軍艦島と呼ばれたこの島は、長崎市の沖に浮かぶ石炭採掘のための埋め立て島で、最盛期には5000人もの人が住み着き、世界一の人口密度を誇った。
現在島は長崎市の所有となっており、「老朽化した建物が危険である」という理由により上陸は禁止されているものの、一部の物好きな人たちが訪れてウェブには沢山の記録が残っている。長崎市は、2007年度中に整備を行って島の一部を公開するように動いているらしいので、近くカジュアルな観光目的でこの島を訪れることができる日も来るのかも知れない。



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